世界最古の職業といわれる遊女、現在はデリヘルという形で風俗営業の法律に則って成り立っています

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デリヘルと違い風俗を上がる方法は限られていた

投稿日:2015年10月30日 更新日:

デリヘルと違い風俗を上がる方法は限られていた錦糸町のデリヘルで働いている女の子は自由出勤で、やめるのも自分のタイミングでOKですが、そうはいかなかったのが遊女の世界。

抜け出せる方法も限られていて、3つしかなかったと言われています。

風俗嬢は借金のカタ

風俗嬢は借金のカタ1つ目は『年明き』といわれ、もともと家族や自分の旦那など身内の借金のカタとして身売りされた遊女なのでその借金分を勤め上げると訪れます。

地域によってばらつきはあるものの、吉原では28歳が年明きの歳。

この歳になると、女の子がどういう状態であっても暇をだされます。言い方は悪いのですが、要するに遊女としてはクビとなるわけです。

まれに、お店のスタッフとしてそのまま残る子もいたみたいですが、苦労の絶えない業界だったので『フツーの暮らし』を求める子が多かったようです。

錦糸町のデリヘルにも普通の暮らしを求める子はたくさんいますが、ある程度稼ぐことができれば簡単にできるようになりますね。

嬉しい風俗の上がり方

2つ目は『身請け』という、お金持ちのお客さんの家へ嫁ぐというもの。

遊女としては最大の幸せとも言われていましたが、女の子たちの借金はちょっとお金持ちくらいの男では到底肩代わりできる額ではなかったので現実的ではなかったとも言われています。

上級になればなるほどその肩代わりの「身請け金」が大きくなります。

その子の借金の額に加え、これから稼ぐと思われる予想額、身の回りの人達にだす祝い金などなど絶えずでてくるので、大名クラス以外は無理と言われていました。

しかも、本妻として迎えられることはほとんどなく、妾(愛人的な存在)どまりのことがほとんど。

遊女として働きづめるか、大名屋敷でカゴに入れられた生活をするかといったところ。

それを考えると錦糸町のデリヘルでは彼氏がいても旦那がいても働くことができるのでいいですよね。

最後、3つめは女の子が死んでしまった場合。

途中で命がけで逃げ出す子がいたほど、キツく辛い遊女でのお勤め。加えてお捻りがもらえない遊女やランクが低い子、遊女になる前の禿(かむろ)と呼ばれる雑用の子たちはお粗末な食事で、体は酷使させられる一方だったのです。

さらに免疫力の低下している子には、病気が追い打ちをかけてくるわけです。

デリヘルは自由気まま

それを考えると、今のデリヘル嬢とは借金もないことも多いですし、なんと自由なんでしょうか。

時代が変わっても色濃く残る遊郭の文化、当時はやはり今とは比べ物にならない世界だったようです。

フリーダムな生き方をするハイクオリティな女性はとても輝いています。

錦糸町のデリヘルで輝く魅力を持った女の子をみつけると男なら絶対に楽しむことができますよ。

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